二ッ石新田村(読み)ふたついししんでんむら

日本歴史地名大系 「二ッ石新田村」の解説

二ッ石新田村
ふたついししんでんむら

[現在地名]豊野町大字蟹沢かにさわ 二ッ石

蟹沢村の東北部、谷筋道に沿った蟹沢村の枝郷。承応四年(一六五五)の大倉村畑方検地帳(大倉共有)に「蟹沢村分」として新田高二五〇石余とあるのは二ッ石新田分を含むと考えられるが、万治二年(一六五九)から寛文五年(一六六五)にかけ、累計一六石余の新田畑が「二ツ石免入り」となっているのが初見(万治四年「二石免入蟹沢村新田田畑検地帳」中村康範氏蔵)。なお一書に「本村所属に二ツ石新田あり、之は寛文五年乙巳の立新田開墾して村落をなすをいふにして、高百四石五斗四合の税地を有せり」(長野県町村誌)とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む