谷筋道(読み)たにすじみち

日本歴史地名大系 「谷筋道」の解説

谷筋道
たにすじみち

谷街道ともいう。善光寺ぜんこうじ道の稲荷山いなりやま宿から矢代やしろ宿・松代まつしろ(以上埴科はにしな郡)川田かわだ宿・綿内わたうち井上いのうえ須坂すざか小布施町おぶせまち組・中野なかの(以上高井郡)と千曲川右岸を下り左岸に渡って飯山いいやま水内みのち郡)に至り、更に飯山から千曲川右岸を峡谷に沿って越後十日町とおかまちに至る道。北国脇往還神代かじろ宿(現上水内郡豊野とよの町)において連絡され、神代宿から飯山宿を過ぎ十日町に至るので、千曲川左岸の分は十日町街道ともよばれていた。古くから信濃国と越後国魚沼うおぬま方面とを結ぶ要路で、越の文化が信濃へ入り、また信濃から出羽いでは地方の開発に赴くための古代の要路であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む