二瀬本村(読み)にせもとむら

日本歴史地名大系 「二瀬本村」の解説

二瀬本村
にせもとむら

[現在地名]蘇陽町二瀬本

川支流の神働もかみ川中流域にあり、明治九年(一八七六)合併により成立した村名。近世には北から丸小野まるおの村・仁瀬本にせもと村・大野原おおのはる村が並ぶ。文明一六年(一四八四)八月二八日の阿蘇十二社同霜宮最花米注文(阿蘇家文書)に最花米収納使の宿泊地として「一所にせもと」がみえる。また「一所ちもり二百文 大豆一斗」とあり、当村内の血盛ちもりと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む