朝日日本歴史人物事典 「二階堂忠行」の解説
二階堂忠行
室町時代の吏僚。官途は左衛門尉,山城守,大夫判官。嘉吉1(1441)年6月の将軍足利義教暗殺直後,室町幕府の評定衆として記録にみえ,評定衆意見状などに加判している。宝徳1(1449)年4月,伊勢貞国の跡を襲って政所執事に就任し,徳政に関する幕府奉書に執事として加判。分一銭を納入したほうに権益を認めるという分一徳政は,その執事在任中に始まったものである。寛正1(1460)年6月には執事を辞して伊勢貞親に譲るが,その後も評定衆は務めた。寛正5,6(1464,65)年ごろ退任したと推定される。
(今谷明)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報