五十公野御茶屋(読み)いじみのおちやや

日本歴史地名大系 「五十公野御茶屋」の解説

五十公野御茶屋
いじみのおちやや

[現在地名]新発田市五十公野

五十公野丘陵の麓にあり、旧新発田藩藩主溝口氏の別邸であった。丘陵の頂には豊田とよた神社(旧奉先堂)鎮座奉先ほうせん堂茶寮ともよばれる。明暦元年(一六五五)三代宣直のとき造営され、三万三千九四五坪、畑所六三五坪(蕉鹿年代記)。溝口秀勝入封の際、新発田城完成まで滞在した故地という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む