五十河村(読み)いかがむら

日本歴史地名大系 「五十河村」の解説

五十河村
いかがむら

[現在地名]大宮町字五十河

延利のぶとし村の北東に位置、竹野川の上流五十河川が北方高尾たかお(六二〇・二メートル)に発して村中を流れる三重みえ谷最奥の山村高尾山の南東、標高約五〇〇メートルの所に、枝村内山うちやまの集落がある。

慶長検地郷村帳に高五二七・七四石「五十河村」とあり、延宝九年(一六八一)の延高で六八四石余となった(天和元年宮津領村高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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