日本歴史地名大系 「五箇山村」の解説 五箇山村ごかやまむら 福岡県:筑紫郡那珂川町五箇山村[現在地名]那珂川町五ヶ山市瀬(いちのせ)村の南にあり、背振(せふり)山と九千部(くせんぶ)山に挟まれた山間部、那珂川の最上流域に広がる。南は肥前国神埼(かんざき)郡松隈(まつぐま)村(現佐賀県東脊振村)・三根(みね)郡綾部(あやべ)村(現同県中原村)。村名の由来は網取(あみとり)、道枝折(みちじおり)(道十里)、桑野川内(くわのこうち)(桑河内)、大野(おおの)、小河内(おごうち)(東小河内)の五ヵ村があることによる(続風土記)。「上井覚兼日記」天正一四年(一五八六)八月二九日条に「五ケ山」とみえる。小早川時代の指出前之帳では五ヶ山村は田一一町三反余(分米一二八石余)・畠一町八反余(分大豆九石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高は一八八石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高二五三石余、家数九二・社四、人数四〇八(田圃志)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by