井瀬木村(読み)いせぎむら

日本歴史地名大系 「井瀬木村」の解説

井瀬木村
いせぎむら

[現在地名]師勝町井瀬木

東を片場かたば村・高田寺たかだじ村、南を二子ふたご村、西を鹿田しかた村、北を能田のうた村と接する。村一帯には条里制の遺構がみられ、中世は高田保・高田郷のうちであった(→高田寺村。織田信雄分限帳に「五百貫文 いせき かたば(片場) 林藤十郎」とみえ、このほかに「いせきの郷」と二ヵ所みえるのもここのことであろう。

寛文一一年(一六七一)には家数四七、男一四〇人・女一一二人(寛文覚書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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