高田寺村(読み)たかだじむら

日本歴史地名大系 「高田寺村」の解説

高田寺村
たかだじむら

[現在地名]師勝町高田寺

久地野くじの二子ふたご両村の北にある。この村から西北にかけて条里制の遺構がみられる。比良ひら(現名古屋市)・高田寺・久地野・二子井瀬木いせぎ片場かたばの六村を高田六郷といい、中世の史料には高田保ともみえている。応永(一三九四―一四二八)頃の尾張国国衙荘当知行分注文(醍醐寺文書)に「高田保 一所 おたのふんこ(織田豊後)」とみえ、万松ばんしよう(現名古屋市)開山の大雲永瑞(永禄五年没)語録に「尾張州春日郡高田保」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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