今治村(読み)いまばりむら

日本歴史地名大系 「今治村」の解説

今治村
いまばりむら

[現在地名]今治市南宝来(みなみほうらい)町一丁目・北宝来町一丁目・旭町(あさひまち)一―二丁目・松本(まつもと)町一丁目・室屋(むろや)町五―七丁目・北浜(きたはま)町・別宮(べつく)町一丁目・末広(すえひろ)町一丁目・本町(ほんまち)五―七丁目・常盤(ときわ)町二―四丁目・南大門(みなみだいもん)町一―二丁目・大正(たいしよう)町一―二丁目・松原(まつばら)町・共栄(きようえい)町一―五丁目・美保(みほ)町一―三丁目・大新田(おおしんでん)町二丁目、および中浜(なかばま)町・風早(かざはや)町の各一部

今治平野中央に位置し、東は燧(ひうち)灘に面し北は浅(あさ)川により大新田村、西は別宮村、南は日吉(ひよし)村・蔵敷(くらしき)村に接し、今治八町をとり囲んでいる。明治一三年(一八八〇)の「伊予国越智郡地誌」によると百姓町・常盤町・住江(すみえ)町・番小路・吉元・矢熊など二一の字に分れており、東海上の比岐(ひぎ)島を含む。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の越智(おち)郡の項に「今治村 定水所」とみえ、村高は三一四石一斗六升である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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