仙正村(読み)せんしようむら

日本歴史地名大系 「仙正村」の解説

仙正村
せんしようむら

[現在地名]新宮町仙正

井野原いのはら村の南、中庄なかのしよう村の北東に位置し、揖保川とその支流栗栖くりす川との間に立地する。揖東いつとう郡に属した。初め中庄村の一部であった。寛文一〇年(一六七〇)同村が旗本池田領となった後、分村したと思われる。ただし江戸時代を通じて郷帳類では中庄村の一部として扱われた。天保九年(一八三八)の家数六九・人数三一九、牛一五(「巡見使通行につき領内書上」斉明寺家文書)、安政五年(一八五八)の人数三五五(「知行所人数書上」池田家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む