伊佐沼村(読み)いさぬまむら

日本歴史地名大系 「伊佐沼村」の解説

伊佐沼村
いさぬまむら

[現在地名]川越市伊佐沼・問屋町(とんやまち)

北田島(きたたじま)村の南東、伊佐沼から続く低湿地帯に立地。小田原衆所領役帳に江戸衆の山中孫七郎の所領として「百八拾壱貫三百八十二文 河越卅三郷井佐沼」とみえ、江戸衆の島津孫四郎の所領として「百六拾貫五百文 寺井・伊佐沼替間、半役被成之 尾久」などとみえる。慶長六年(一六〇一)本多刑部左衛門が氷川神社へ「いさぬま」の上田一反を寄進している(氷川神社文書)。検地は慶安元年(一六四八)・明暦三年(一六五七)などに実施された(風土記稿)。田園簿に村名がみえ、田高二四二石余・畑高二〇石余、川越藩領(幕末に至る)。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳では高二九五石余、反別田三一町余・畑四町余、ほかに開発分高四五石余(反別田四町七反余・畑六反余)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む