伊秩庄(読み)いちつのしよう

日本歴史地名大系 「伊秩庄」の解説

伊秩庄
いちつのしよう

鎌倉期からみえる庄園名。現在の出雲市乙立(おつたち)町から簸川(ひかわ)郡佐田(さだ)町一窪田(ひとくぼた)にかけての神戸(かんど)川上流部沿いの地域に比定される。文永八年(一二七一)一一月日の杵築大社三月会相撲舞頭役結番帳に「伊秩庄六十丁四反三百歩来島松助入道」とみえ、続けて「来島庄廿丁同人」とあり、来島松助入道が両庄の地頭であった。庄園の具体的内容は不明だが、鰐淵(がくえん)寺旧蔵の応安七年(一三七四)八月一日の大般若経奥書(現平田市常光寺蔵)に「伊秩庄栗原邑、書写畢、執筆無相」とあり、庄内には栗原(くりはら)邑が存在していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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