日本歴史地名大系 「伴寺跡」の解説 伴寺跡ともでらあと 奈良県:奈良市奈良公園地区川上村・川上出屋敷町伴寺跡[現在地名]奈良市川上町五劫(ごこう)院の東の山の中腹にあった奈良時代に創立の大伴氏の氏寺。永隆(えいりゆう)寺ともいい「東大寺要録」末寺章に「永隆寺字伴寺 右寺、大伴安麿大納言之建立也、飯高天皇代、養老二年、奈良坂東阿古屋谷、立永隆寺、同五年辛酉三月廿三日、奈良坂東谷、般若山之佐保河東山改遷立之」とある。承元五年(一二一一)三月一日の紀近延田地売券(東大寺文書)には「在伴寺従御堂東南辺谷田」として「四至 限東山 限南三昧田中垣 限西山 限北類地高岸」とみえる。また東大寺北御門(きたみかど)東辺にかつて寺領があった(仁平元年四月二四日「僧教厳家地相博券」京都大学蔵東大寺文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by