岩淵(読み)いわぶち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

岩淵
いわぶち

静岡県中部,富士市南西部の集落。富士川の下流右岸に位置し,江戸時代は駿河と甲斐を結ぶ富士川舟運の中継的な河港として栄えた。明治以降,鉄道の発達で富士川舟運および岩淵-蒲原間の富士川運河利用が急激に失われた。製紙,合板などの工場があり,岳南工業地域の一翼を形成している。

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百科事典マイペディアの解説

岩淵【いわぶち】

現在の東京都区の北部,荒川隅田川(古くは入間川とも)の右岸低地一帯をさす地名。かつては武蔵国豊島郡のうち。現在の岩淵町が遺称地。鎌倉時代の《問はず語り》に〈岩淵の宿といひて,遊女どものすみかあり〉と記される。室町時代には鎌倉大倉稲荷社修理のため〈岩淵郷橋賃〉が,また同社造営料として〈岩淵関所〉が寄進されており,古くから荒川の渡河点に位置する交通の要衝で,宿なども成立。江戸時代には日光御成道の荒川渡船場で,対岸の川口宿と合宿の岩淵宿として伝馬役を負担。岩淵宿は江戸日本橋から3里15町,次宿の鳩ヶ谷(はとがや)宿まで1里15町。宿建人馬は25人・25匹。1843年には旅籠屋3軒,本陣・脇本陣各1。加宿の袋村(現北区赤羽北・赤羽台など)・下村(現北区志茂など)を合わせた宿内総家数229・人数1251(《宿村大概帳》)。明治維新後は初め岩淵本宿村,1875年からは岩淵本宿町。1889年の市制・町村制施行により周辺諸村と合併して東京府北豊島郡岩淵町が成立。

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世界大百科事典 第2版の解説

いわぶち【岩淵】

武蔵国の地名。現在の東京都北区岩淵町。東京都の北端に位置し,荒川をはさんで埼玉県川口市と対している。鎌倉後期の女流文学の一つ《とはずがたり》のなかに,〈岩淵の宿といひて遊女どものすみかあり〉と記されているのが史料上の初見。また室町時代の1416年(応永23)には岩淵郷の橋賃が,ついで29年(永享1)には岩淵の関銭がいずれも鎌倉の大蔵稲荷社に寄進されており,奥州方面への交通の要衝であるここに関所が設けられていたことが知られる。

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世界大百科事典内の岩淵の言及

【川口[市]】より

…初出は《義経記》で,小川口の名がみえる。伝馬の継立ては荒川の対岸岩淵宿と合宿で半月あての交代勤めであり,将軍日光社参時は川幅60間の荒川に舟橋が架せられたが,出水のときは600間の川幅になったという。江戸時代を通じて幕府領,1843年(天保14)調べの《宿村大概帳》では戸数295戸,人口1406人,旅籠屋は本陣を含め12軒を数えた。…

※「岩淵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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