佐々波村(読み)さざなみむら

日本歴史地名大系 「佐々波村」の解説

佐々波村
さざなみむら

[現在地名]七尾市佐々波町

灘浦なだうら海岸沿いに南北に細長い村で、北はいおり村。南部の不動ふどう(現佐々波川)周辺を上佐々波と称し、河口南方に垣内出村でむらがある。北部の八幡はちまん川周辺を下佐々波と称する。

天正一一年(一五八三)一二月一日前田利家が九良左衛門に宛てた扶持状(鹿島郡誌)に「さゝ波村」とみえる。初め加賀藩領で、慶長一一年(一六〇六)土方領となり、土方雄久知行目録によると高三九二俵余が同領、うち三割五分が百姓得分。領主変遷八幡やわた村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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