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佐魯麻都 さろ まつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐魯麻都 さろ-まつ

?-? 6世紀の官吏。
朝鮮の安羅(あら)におかれたいわゆる任那(みまな)日本府の執事。父は日本人,母は安羅の人という。欽明(きんめい)天皇2年(541)新羅(しらぎ)と通じ,百済(くだら)の招集に応じなかったのをはじめ,阿賢移那斯(あけ-えなし)らと共謀,百済主導の任那再興を妨害したため,百済の聖明(せいめい)王より責められた。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

佐魯麻都

生年:生没年不詳
6世紀中ごろの倭系の安羅(伽耶の一国,韓国慶尚南道咸安)の人。いわゆる「任那日本府」の執事。加不至費直(河内直),阿賢移那斯らと共に佐魯那奇他(那奇他甲背)を祖先とし,倭人を父,安羅の女性を母に持つ「韓腹」すなわち韓人との二世。卿(大臣),臣,執事で構成された倭の使臣団「任那日本府」で,実務担当である執事として力を持ち,阿賢移那斯らと共に主導的役割を果たした。欽明天皇2(541)年,加不至費直らと新羅と通じて百済王(聖明王)の招集に応じなかったため,百済王から叱責された。同4年,百済王は彼らの召喚を欽明天皇に求め,翌年には佐魯麻都らが任那復興を妨げていると報告している。新羅の官位である奈麻の衣冠を身につけた親新羅,反百済の中心人物として,東進する百済から安羅を守るために新羅との連携を推進した。<参考文献>田中俊明『大伽耶連盟の興亡と「任那」』

(平野卓治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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