余平村(読み)よだいらむら

日本歴史地名大系 「余平村」の解説

余平村
よだいらむら

[現在地名]旭町余平

矢作川の支流介木けんぎ川に沿い、東は小滝野おたぎの村・高蔵たかぞう村、南は伯母沢おばざわ村、西は太田おおだ村、北は万町まんぢよう村・閑羅瀬しずらせ村に接する。集落は谷地形の中の山麓点在。枝郷間野まのが太田村の西、現大字明賀あすが内にある。現県道小渡―明川―足助線が通る。縄文時代前期・後期・晩期余平本郷よだいらほんごう遺跡、同晩期の保尾多田ほおただ遺跡、同時期不詳の梶呂畑かじろばた遺跡がある。いずれも山麓の傾斜地に立地。

元和元年(一六一五)旗本原田種直の知行地となり明治に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 けんぎ 領主

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む