余里(読み)より

日本歴史地名大系 「余里」の解説

余里
より

[現在地名]武石村大字余里

武石川の支流余里川流域に沿う峡谷集落。北は小沢根おざわねと境し、南は余里峠を越えて和田わだ村に通じる。宝永三年(一七〇六)の武石村差出帳(上田藩村明細帳)に「当村新田余里、但シ東西南北へ家居は続不申候、田畑原間御座候」と新田であった。文政一一年(一八二八)武石村は八ヵ村に分村し余里村となる(池内正方氏蔵文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 往来 山道 和田

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む