保呂村(読み)ほろむら

日本歴史地名大系 「保呂村」の解説

保呂村
ほろむら

[現在地名]白浜町保呂

西は富田とんだ川を隔て岩崎いわさき(現上富田町)に相対し、南はうちかわ村、北は生馬いくま(現上富田町)。村の西側を流れる富田川沿いに熊野街道大辺路が縦貫する。地名は弘和三年(一三八三)八月二二日付田畠譲状(小山文書)に「保呂の九郎大夫」とみえるのが早い。戦国時代には小山氏、いち(現上富田町)の山本氏、内川氏などの勢力下にあったと考えられる。慶長検地高目録によると村高二〇五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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