山口県中東部、周南(しゅうなん)市の一地区。合併による周南市成立(2003年4月)以前は新南陽市の中心地区。国道2号が通じる。JR山陽本線新南陽駅があるが、この駅は1980年(昭和55)周防(すおう)富田駅が改名したものである。旧都濃(つの)郡富田町。中世は東大寺領。近世には徳山毛利(もうり)藩領となり、山陽道沿いの新町が市場町として栄えた。沿岸部は周南石油化学コンビナートの一環を形成している。永源山公園があり、公園内には周南市郷土資料館などがつくられている。
[三浦 肇]
三重県北部、四日市市(よっかいちし)の一地区。旧富田町。伊勢(いせ)湾に面し、古くは美田で知られ、また漁業で栄え、漁網製造、焼きはまぐり、「花かつを」の製造などが盛んであった。現在では市街地の一部。JR関西本線富田駅、近畿日本鉄道名古屋線近鉄富田駅があり、三岐(さんぎ)鉄道三岐線も乗り入れている。国道1号、23号が通じる。8月に行われる鳥出(とりで)神社の鯨船(くじらぶね)行事は国の重要無形民俗文化財。
[編集部]
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
…北東は安来市,南は鳥取県に接し,町の中央部を飯梨川が北流する。戦国時代は尼子氏が築いた富田(とだ)城(月山(がつさん)城)の城下町として栄え,慶長期(1596‐1615)に松江に城が移るまで,出雲国の政治・経済の中心地であった。1666年(寛文6)松江支藩の広瀬藩3万石(松平氏)の陣屋が置かれたが,同年の大洪水で富田川(飯梨川支流)の川筋が変わり,旧城下はすべて河床に沈んだため,市街は富田川の西に新たにつくられた。…
…町域の大部分は低平地で,北西部に低い山地が連なる。中心集落の富田は日光例幣使街道の旧宿場町で,現在もJR両毛線,東武日光線が通じる。1943年,新大平下駅東に進出した日立製作所栃木工場は県内有数の大工場で,町内に下請工場が多数ある。…
…ついで大坂の石山本願寺には当初寺内6町のち10町を超える町が発展した。そして,石山の周辺である摂津,河内,和泉,大和には寺内町が急速に成立し,富田林(とんだばやし),大ヶ塚(だいがつか)(大阪府南河内郡河南町),八尾,久宝寺(きゆうほうじ)(大阪府八尾市),招提(枚方市),富田(とんだ)(高槻市),貝塚,今井などの寺内町ができた。また東海地方では尾張・美濃境の富田(とみだ)(愛知県尾西市)などにできたが,三河では真宗寺院はあったものの寺内町の発展はなかった。…
…ついで大坂の石山本願寺には当初寺内6町のち10町を超える町が発展した。そして,石山の周辺である摂津,河内,和泉,大和には寺内町が急速に成立し,富田林(とんだばやし),大ヶ塚(だいがつか)(大阪府南河内郡河南町),八尾,久宝寺(きゆうほうじ)(大阪府八尾市),招提(枚方市),富田(とんだ)(高槻市),貝塚,今井などの寺内町ができた。また東海地方では尾張・美濃境の富田(とみだ)(愛知県尾西市)などにできたが,三河では真宗寺院はあったものの寺内町の発展はなかった。…
…人口3万2338(1995)。富田(とんだ)川河口の小平野を占める旧富田町は,古くから瀬戸内海沿岸の交通要地に当たり,古代の富田郷の地で,山陽道の平野駅家が置かれた。中世は東大寺領であった。…
…宮崎県中部,児湯(こゆ)郡の町。1959年新田(にゆうた)村と富田(とんだ)村が合体,改称。人口1万8037(1995)。…
※「富田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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