俣川渡(読み)またかわのわたし

日本歴史地名大系 「俣川渡」の解説

俣川渡
またかわのわたし

寛文八年(一六六八)大門川(庄川)に俣川(派川)が生じ、大門橋西詰からこの俣川の西岸批把首(びわくび)村に渡る渡船が開かれた。渡船には石瀬(いしぜ)村(現高岡市)に保管されていた御鷹野古船を拝領、五ヵ村(石瀬・三女子・批把首・大門・百米木)共同による自前請取渡船で手繰法であった。貞享元年(一六八四)加賀藩の公認渡船場として渡船二艘・渡守八人が置かれるまで一七年間続けられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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