大門橋(読み)だいもんばし

日本歴史地名大系 「大門橋」の解説

大門橋
だいもんばし

北陸街道の大門川(庄川)渡河点である右岸の大門新町と対岸の批把首(びわくび)村を結ぶ橋。架橋や架替えの費用の出所は不明だが、加賀藩がそのつど普請奉行を任命している。大門村地先の大門川に初めて架橋されたのは正保三年(一六四六)と伝える。寛文年間(一六六一―七三)の初め加賀藩により新しい北陸街道が公定され、同六年街道筋にあたる大門新町地先に架橋された。長さ四二間・幅二間(「明和元年調書」折橋家文書)。以後延宝四年(一六七六)・元禄三年(一六九〇)などに架替えが行われている(「大門神明由緒記」同文書)。天和二年(一六八二)の諸事留帳(木町文書)には、大門橋破損修理のため借上げられた長舟五艘の舟賃銀と水子日用銀が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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