俵野廃寺跡(読み)たわらのはいじあと

日本歴史地名大系 「俵野廃寺跡」の解説

俵野廃寺跡
たわらのはいじあと

[現在地名]網野町字俵野

俵野集落の中ほどにあり、奈良時代後期の寺と思われる。大正一一年(一九二二)俵野川改修工事の際発見された。地下約一メートルに、約一・五メートル間隔で一列に並んだ丸木柱の柱根と思われるもの六本(径約六〇センチ、高さ約一メートル)、大量の布目瓦(鬼瓦・軒丸瓦・平瓦)破片、平安時代後期のものと思われる塔の礎石一基、舎利壺(径約一五センチ、高さ約一一センチ)一個を出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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