倉田艶子(読み)クラタ ツヤコ

20世紀日本人名事典 「倉田艶子」の解説

倉田 艶子
クラタ ツヤコ

大正・昭和期の劇作家



生年
明治29(1896)年6月20日

没年
(没年不詳)

出生地
広島県比婆郡庄原町

別名
筆名=面足 千木(オモタル チギ)

経歴
大正11年「大雀命」「かねごと」2編を収めた戯曲「芸楽道場叢書」を出版、百三が序文を書いた。百三主宰の「生活者」にも参加、父の死後挽歌」、母の死後「愛嬢」などを書いた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む