コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

倭姫王 やまとひめのおおきみ

2件 の用語解説(倭姫王の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

倭姫王 やまとひめのおおきみ

?-? 飛鳥(あすか)時代,天智(てんじ)天皇の皇后。
古人大兄(ふるひとのおおえの)皇子の王女。天智天皇10年(671)重病の天皇が弟の大海人(おおあまの)皇子(のちの天武天皇)に譲位しようとしたとき,天皇は皇子から倭姫王の即位をすすめられた。天智天皇死去前後の和歌4首が「万葉集」にのこる。倭姫皇后,倭大后(やまとのおおきさき)ともいう。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

倭姫王

生年:生没年不詳
7世紀の天智天皇の皇后,万葉歌人。倭大后にもつくる。古人大兄皇子の娘。天智7(668)年2月に立后記事がみえる。同10年10月天皇は死の床に大海人皇子(天武)を召して皇位を譲ろうと申し出たが,皇子は辞退して,倭姫皇后を皇位につけ大友皇子皇太子とし,自らは出家して吉野に隠棲することを願い出た。天智崩御ののち,倭姫皇后が即位したという説もあるが,その後の倭姫皇后については全く記録されていない。『万葉集』には倭姫の歌が4首残されているが,天皇の回復を祈る歌,天皇崩御に際しての挽歌は,いずれも切実な悲しみを歌い上げた絶唱である。殯宮での長歌,「鯨魚取り 淡海の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺附きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ」は,皇后の慟哭が直截に響いてくる。<参考文献>斎藤茂吉『万葉秀歌』

(梅村恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の倭姫王の言及

【古人大兄皇子】より

…母は蘇我馬子の女の法提郎女(ほてのいらつめ)。その女の倭姫王(やまとひめのおう)は天智天皇の皇后となった。またの名を古人大市皇子,吉野太子などといった。…

※「倭姫王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

倭姫王の関連キーワード志貴皇子天智天皇大后鏡王女間人皇女磐之媛鏡女王橘皇女新田部皇女倭大后