兄井村(読み)あにいむら

日本歴史地名大系 「兄井村」の解説

兄井村
あにいむら

[現在地名]かつらぎ町兄井

紀ノ川左岸、寺尾てらお村の東に位置する。久安二年(一一四六)七月一〇日の鳥羽院庁下文案(根来要書)渋田しぶた郷の東限として兄井谷がみえる。正平一九年(一三六四)正月一七日の快実田地売券(続宝簡集)に「三谷郷内兄井村字菖蒲田」とみえ、高野山領六箇七ろつかしち郷内三谷みたに郷に属する村であったことがわかる。

室町時代初期頃の高野政所下方田畠在家帳目録(又続宝簡集)には、下方山村分の一として「兄射」と「兄射本畠」があげられている。この時期までに、当村は、高野山官省符かんしようふ庄下方に属する村として編成替えされたことがわかる。永享六年(一四三四)一二月一三日の一臈良智等連署定書(勧学院文書)に「免射島」とあるのは兄射あにいしまと思われ、「アニイ道栄」の名もみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む