入膳新村(読み)にゆうぜんしんむら

日本歴史地名大系 「入膳新村」の解説

入膳新村
にゆうぜんしんむら

[現在地名]入善町入膳

当村は古地図では君島きみしま村の隣に書かれたり、入膳村の通称田中たなかの辺りに書かれたりしている。寛永一六年(一六三九)から万治三年(一六六〇)まで富山藩、以後加賀藩領。富山藩時代の明暦三年(一六五七)草高は四六石で(入善町史)、加賀藩領になっても変化はなかった。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では免は三ツ五歩(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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