八丁堀水谷町一丁目立跡(読み)はつちようぼりみずたにちよういつちようめたてあと

日本歴史地名大系 「八丁堀水谷町一丁目立跡」の解説

八丁堀水谷町一丁目立跡
はつちようぼりみずたにちよういつちようめたてあと

[現在地名]中央区八丁堀はつちようぼり二丁目

八丁堀澪杭はつちようぼりみよぐい屋敷・水谷町二丁目の北にある。西と東は八丁堀北紺屋はつちようぼりきたこんや町。同町・水谷町二丁目と入組む。八丁堀北紺屋町と同様に元禄年間(一六八八―一七〇四)までは武家地であったが、享保六年(一七二一)築地にあった京橋水谷町の代地が当地に移され、同一三年に京橋水谷町が京橋川南岸の元地へ返ると跡地は御用達町人の拝領地となった(沿革図書・「東京府志料」)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む