八尺鏡野村(読み)やたがのむら

日本歴史地名大系 「八尺鏡野村」の解説

八尺鏡野村
やたがのむら

[現在地名]那智勝浦町八尺鏡野

太田おおた川下流右岸にある。北は対岸市屋いちや村、北西和田わだ村。「続風土記」は「慶長検地帳に矢田加飯爪村とあり(中略)おもふに旧は也多加々美と唱へしを後世下略して也多加と唱へ来りしならん」と記す。慶長検地高目録には村高八八石余、小物成九斗一升。文政元年(一八一八)の郷帳(「那智勝浦町史」所収)によれば家数二一で内訳は本役五、庄屋肝煎・歩行各一、半役・隠居合四など、人数一五九(男八〇・女七九)、牛一二、通船一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む