20世紀日本人名事典 「八木与三郎」の解説 八木 与三郎ヤギ ヨサブロウ 明治〜昭和期の実業家 八木商店社長。 生年元治2年1月7日(1865年) 没年昭和10(1935)年12月23日 出生地京都府京都市上京区 主な受賞名〔年〕紺綬褒章〔大正9年〕 経歴米穀商・八木重助の三男に生まれ、心学塾で漢籍を学ぶ。のち大阪に出て叔父の先代藤本清兵衛が営む玄米問屋に住み込みで働き、10年後支配人となる。明治26年藤本家の後援で独立し綿糸商・八木商店を開業。国内のほか清国・韓国への綿糸輸出で事業を拡大し、大正7年株式会社に改組。また大阪綿糸商組合を設立し、組合長を20余年務める。一方、浪速紡績専務、愛媛紡績相談役、東成土地建物相談役などを兼任した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「八木与三郎」の解説 八木与三郎 やぎ-よさぶろう 1865-1936 明治-昭和時代前期の実業家。元治(げんじ)2年1月生まれ。大阪にでて叔父藤本清兵衛の米問屋ではたらいたのち,明治26年独立。綿糸業八木商店をいとなむ。大阪綿糸商組合長などをつとめた。昭和11年12月23日死去。72歳。京都出身。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例