八町(読み)はつちよう

日本歴史地名大系 「八町」の解説

八町
はつちよう

[現在地名]津市八町一―三丁目

津城下から伊賀街道に沿って西に延びる街村集落。享保七年(一七二二)五月一〇日の八町名主善八四郎兵衛連署書出(津市史)に「八町の儀、寛永年中に建始、凡そ九十五、六年にも可罷成候哉と老人申候得共、何の年と申候事は存ぜず候由申候」とあり、寛永四年(一六二七)頃創設されたとする説が有力である。町名はもとこの地が「八町畷はつちようなわて」といわれたことによるもので、享保八年五月一一日の八町名主善八の覚書(同書)に「一、松原百四十六間、一、町七町三十五間田舎間」とあり、町がほぼ八町であったことが確認される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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