八郎右衛門新田(読み)はちろうえもんしんでん

日本歴史地名大系 「八郎右衛門新田」の解説

八郎右衛門新田
はちろうえもんしんでん

[現在地名]江東区東砂ひがしすな六―八丁目

北は大塚おおつか新田・中田なかた新田など、東は中川を隔てて東小松川ひがしこまつがわ村飛地(現江戸川区)に面し、南から西には砂村すなむら新田が広がる。万治年間(一六五八―六一)深川村の名主深川八郎右衛門が開発し、その名をとって村名とした。東西五町・南北約七町。検地は元禄一〇年(一六九七)(風土記稿)元禄郷帳によると高一五五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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