六呂木村(読み)ろくろぎむら

日本歴史地名大系 「六呂木村」の解説

六呂木村
ろくろぎむら

[現在地名]松阪市六呂木町

辻原つじわら村の南にあり、周囲を山に囲まれ、村域内を和歌山街道が通る。中世後期には北畠氏の支配下にあり、六呂木城について「五鈴遺響」は「六呂木某居ス処ナリ、天正四年具親ニ属シテ亡フ」と記している。伊勢国司分限帳(神宮文庫蔵)には「川俣之住大河内合戦ニ討死幕下旗本」として「藤氏飯高郡六呂木住評定衆 村田治部大夫」「同所 同 伊織進」の記載がみられる。天正四年(一五七六)の北畠具親挙兵の際、六呂木・山副やまぞえ・波多瀬の三氏は具親に味方し、敗れた後、船江ふなえの本田氏へ預けられ、後に殺された(勢州軍記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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