六時鐘楼(読み)ろくじのしようろう

日本歴史地名大系 「六時鐘楼」の解説

六時鐘楼
ろくじのしようろう

金剛峯寺の前の石垣の上に建つ。三間四面、檜皮葺。元和四年(一六一八)安芸広島城主であった福島正則が父母追善のために建立したもの。寛永七年(一六三〇)火災に遭ったが、同一二年正則の息正利が父の志を継いで再鋳したのが現存の鐘である。その仮名交じりの鐘銘は著名で、

<資料は省略されています>

とあり、さらに正利が再鋳した旨を述べた寛永一二年四月一二日の銘が付される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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