六里村(読み)ろくのりむら

日本歴史地名大系 「六里村」の解説

六里村
ろくのりむら

[現在地名]大野町六里ろくり

麻生あそう村の南西にあり、北を三水みみず川が流れる。西は小衣斐こえび村。地名は南西方の五之里ごのり村も含め、古代条里の遺構を示すものとされる。応永二五年(一四一八)一二月一八日の土岐禰井法師宛管領細川満元施行状(瑞巌寺文書)に大野郡揖斐庄内六里郷とみえ、土岐祐円の訴えがあり、同郷などを祐円代官に沙汰させるよう命じている。慶長郷帳に六ノ里村とみえ、高三八五石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では奥平忠隆(加納藩)領。正保郷帳には六ヶ里村とあり、大垣藩領で、田三七五石余・畑一〇石余(岩瀬文庫本正保郷帳では六則村)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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