内山文書(読み)うちやまもんじよ

日本歴史地名大系 「内山文書」の解説

内山文書
うちやまもんじよ

群馬郡群馬町内山家

解説 上野国府大蔵坊文書で、中世文書一三点。西国分の大蔵坊は聖護院系(本山派)修験で聖護院門跡の御教書や参詣道者の自由交通を承認された過所類など、修験の関係文書を残す。利根沼田・佐貫・倉賀野四庄の門徒已下輩が国中衆会や国年行事に背いて従わないことを伝える文安四年正月一一日の聖護院門跡御教書や、町田坊との霞をめぐる縄張り争いに関する天文二〇年六月二一日の秀栄・長隆連署注進状はことに興味深い史料である。

活字本群馬県史」資料編七

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 本山派

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む