コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

本山派 ほんざんは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本山派
ほんざんは

京都の聖護院に属していた天台宗系の修験道の一派。聖護院流と通称された。現在は修験宗として独立している。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ほんざんは【本山派】

京都の聖護(しようご)院によって統轄された天台系の修験教団。修験道の開祖役行者(えんのぎようじや),派祖を円珍(智証大師)とし,宗派の基礎は平安末期に固められた。当時の園城(おんじよう)寺には修験を行ずる僧が続出し,熊野三山や大峰山,金峰山(きんぷせん),葛城山などに抖擻(とそう),参籠修行したが,その先駆者であった増誉(ぞうよ)が1090年(寛治4)白河上皇初回の熊野詣先達を務め,その功績によって初代熊野三山検校に補せられた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

ほんざんは【本山派】

修験道の一派。京都の聖護院の管轄に属した天台修験。派祖は増誉。聖護院派しようごいんは。 → 当山派

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の本山派の言及

【修験道】より

… 鎌倉時代初期には,中央では熊野を拠点とした熊野山伏,金峰山で修行した大和の諸大寺に依拠した回国修験者の二つの修験集団が形成された。このうち前者の熊野山伏は三井寺の増誉が熊野三山検校になったのを契機として,鎌倉時代末には,聖護院を総本山とする本山派とよばれる修験教団になっていった。一方後者の回国修験者も興福寺の後だてのもとに当山派と呼ばれる教団を作りあげた。…

※「本山派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

本山派の関連キーワード本山捕虜収容所聖護院旧仮皇居霞割り・霞割順の峰入り古四王神社島田蕃根国玉神社新熊野社醍醐寺友ヶ島専照寺役藍泉本山衆宝満山結袈裟長床衆普寛峰入

今日のキーワード

いい夫婦の日

11月22日。通商産業省(現経済産業省)が制定。パートナーへの感謝の意を示し、絆を深める。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

本山派の関連情報