内山砦跡(読み)うちやまとりであと

日本歴史地名大系 「内山砦跡」の解説

内山砦跡
うちやまとりであと

[現在地名]宇奈月町下立

黒部川扇状地扇頂愛本あいもと橋を見下ろす黒部川左岸の比高約四〇メートルの尾根上にある。北面には黒部川扇状地が広がり、背後黒部峡谷である。貞和四年(一三四八)能登の吉見氏頼らの軍勢が南朝方に走った井上俊清と戦っているが、松倉まつくら城で(現魚津市)敗れた俊清は内山城に立籠もった(同年一〇月日「得田素章軍忠状」遺編類纂所収得田文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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