内藤政憲(読み)ないとう まさのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政憲」の解説

内藤政憲 ないとう-まさのり

1848-1919 明治時代の大名
弘化(こうか)5年2月17日生まれ。大炊御門家孝(おおいみかど-いえたか)の子。丹波山家(やまが)藩(京都府)藩主谷衛滋(もりしげ)の養子であったが,戊辰(ぼしん)戦争後内藤政養(まさやす)の養子となり,明治2年磐城(いわき)湯長谷(ゆながや)藩(福島県)藩主内藤家14代。4年廃藩。大正8年3月24日死去。72歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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