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冼星海 しょうせいかい Xiǎn Xīng hǎi

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうせいかい【冼星海 Xiǎn Xīng hǎi】

1905‐45
中国の作曲家。広東省番禺県出身。シンガポールで苦学しつつ小学校を卒業するなど,苦難のうちに成長。1929年パリに留学,パリ音楽院で作曲を学ぶ。35年帰国後,抗日歌曲を数多く発表し,それは全国に流行した。38年,魯迅芸術学院教授として延安に赴き,《黄河大合唱》など,民族の魂を鼓舞する大型合唱曲を作曲。40年,視察のためソ連に赴いたが,戦火のため帰国できず,45年病を得てモスクワに客死した。【吉田 富夫】

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世界大百科事典内の冼星海の言及

【中国音楽】より

…この時期にあって,盲人音楽家の阿炳(あへい)で知られる華彦鈞(かげんきん)(1893‐1950)は,胡弓曲《二泉映月》,琵琶曲《大浪淘沙》などの名作を残し,劉天華(りゆうてんか)(1895‐1932)は洋楽的手法をとり入れ,胡弓曲《空山鳥語》《病中吟》,琵琶曲《歌華引》などで新技法を見せる一方,〈国楽改進社〉を結成し後進を指導し,《音楽雑誌》を出版して啓蒙活動にも努力した。これに対して,冼星海(しようせいかい),聶耳(じようじ)などの洋楽作曲家は,おのおの《黄河》や《前進歌》など,抗日戦争,革命のなかで,民衆のエネルギーを表現した。呂驥(りよき)(1907‐ )らは,1930年代より,民間音楽の採集,整理,研究,改作に尽くした。…

※「冼星海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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