翻訳|growth
植物の場合には生長と書くことが多い。一般には,生まれて育つ過程での,同化作用が異化作用を越えることにより生ずる形態や重量や数量などの大きさの増加をいい,発育とほぼ同義のことばとして使われる。生物学的には,もっと広く生体量の増加をさし,原形質の量の増加や,原形質自身が合成する物質量の増加を意味する。生物の成長の特徴は,生物が大きさを増すだけではなく,自己再生産によって数を増していることである。生命の基本的単位である細胞は,それ自身の大きさを増すと同時に,細胞分裂によって細胞数を増加する。この自己増殖の結果,単細胞生物では個体数が増し,多細胞生物では個体の大きさが増す。多細胞生物の成長は,細胞数の増加と細胞の大きさの増加の両面を含んでいるが,栄養物の取り込みのない卵割期の細胞では,大きさの増加を伴わない細胞増殖が行われるし,動物の卵細胞や高等脊椎動物の中枢神経系の神経細胞では,細胞数の増加を伴わずに個々の細胞が大きくなる。単細胞生物では細胞が個体なので,細胞の大きさの増加を成長として扱う一方,細胞数の増加を個体群の成長と呼んでいる。したがって,生物では大きさの成長は細胞,器官,個体について,数の成長は細胞数,個体数について測定されている。成長の究極的な完成には,環境条件や栄養その他の多くの要素が影響を及ぼす。成長は一般に,時間の関数として示される。横軸に時間を,縦軸に数量の変化をとってグラフに図示したものが成長曲線であり,個体成長曲線と個体群成長曲線とが区別されている。個体群成長曲線はS字状曲線(シグモイド曲線)を示す場合が多い。成長の促進される前期と成長が弱まる後期の2相に大きく分けると,両相の移行点は植物では開花期,動物では成熟期にあたる。未熟期,成熟期,老衰期の3相に分けることもある。生物の大きさ(または個体数)をW,時間をtで表すと,単位時間における変化量\(\frac{dW}{dt}\)を成長速度growth rateといい,\(\frac{1}{W}\)・\(\frac{dW}{dt}\)
を比成長速度(相対成長速度)と呼ぶ。成長速度は動物の種類,器官,発育段階などにより異なる。成長はヒトのように成熟すると止まるものと,魚類のように大きくなり続けるものがある。個体,器官,細胞の成長は種々の調節機構によって支配される。また,特定の成長過程で微量の作用物質の影響をうけている。動物では脳下垂体の成長ホルモンなどの刺激ホルモンやインシュリンのような諸ホルモン,神経成長因子や表皮成長因子などの細胞成長因子growth factor,ビタミン類,組織特異性をもった抑制物質のケイロンchaloneなどが知られている。
生物の成長は空間の3方向に同じ割合で進むものでもないし,個体の全体の大きさの成長と部分の大きさの成長も同じ速度で進行していない。こうした二つの速度の関係を相対成長(アロメトリー)という。スキャモンR.E.Scammon(1930)は出生時および20歳時の値と比較したヒトの体の器官や部分の成長様相を,(1)一般型(全身型),(2)脳・神経系型(神経型),(3)内分泌・生殖器系型(生殖器型),および(4)リンパ系型(リンパ型)の4種に分けた。(1)はS字状曲線を示し,身長,体重,体表面積などの外面的身体測度,骨格,筋肉,腎臓,呼吸器,消化器などにみられる。(2)は幼児期に成長が盛んで,6歳で成体の90%に達する。(3)は幼児期に減少し,以後,12歳ころまでは成体の10%程度の低い成長を経て,急速に増加する。(4)は12歳ころまでに急速に成長して成体の2倍近くに達し,以後は急激に減少する。
執筆者:能村 哲郎
成長ということばには,(1)大きさの増加と,(2)未分化な状態から特殊化した状態への変化あるいは身体機能や行動の時間的変化というふたつの概念がふくまれる。英語では,(1)についてgrowthを,(2)についてdevelopmentを使っているが,日本語では成長,発育,発達などのことばをそれほど厳密に区別せずに使うことが多い。成熟maturationは,未完成の状態が完成に達する,あるいは個体が成人に達することをさす。大きさの増加の到達値は個人によって異なるが,成熟には最終的に100%完成した状態になるという意味で,すべての個体に共通の到達値がある。
生まれてから経過した時間で表される暦年齢が等しくても,成熟の進み具合には個人差がある。そこで,成熟の進み具合を表現する生理学的年齢,あるいは生物学的年齢を使うことがある。生理学的年齢としては,骨が軟骨性の原基から最終的に完成した状態になるまでの骨の成熟過程(骨年齢)がしばしば用いられる。また,身長の思春期のスパートで最も成長速度が高くなったときの年齢(Peak Height Velocity年齢:PHV年齢)や初潮年齢のような特定の時点を基準に,それより何年前,何年後かを記述する生理年齢尺度がある。暦年齢のわりに成熟が早い状態が早熟,暦年齢のわりに成熟が遅い状態が晩熟である。
受精してから出生までを胎生期と呼ぶ。産婦人科では妊娠初期(日本では15週まで),中期(日本では27週まで),終期に区分する。主要な器官のほとんどは胚子期(8週まで)に形成され始める。9週以後を胎児期と呼ぶ。器官形成が進み,9ヵ月になると脂肪が沈着し始める。神経細胞の新生は,10ヵ月で完了する。胎児の身長は中期以後急激に大きくなり,体重は終期に急激に増加する。出生直後の非常に高い成長速度は,胎児期の急速な成長の続きである。
出生から成人までの期間を成長期と呼ぶ。成長期は新生児期(生後7日まで),乳児期(生後1年まで),幼児期(生後1年から6年まで),少年・少女期(生後6年から10~12年まで),思春期(20歳まで)に分けられるが,成長,成熟の進み具合には個人差が大きく,境界となる年齢は便宜的なものである。
新生児期は出産による環境激変に順応する時期である。乳児期の終わり頃に離乳が終わり,歩き始める。幼児期の終わり頃に,永久歯がはえ初め,歩行のしかたがほぼ成人と同様になる。少年・少女期に永久歯がほぼ生えそろう。思春期には性的成熟が開始し,完了する。この時期に二次性徴が発達し,女子では初潮がおこる。思春期の開始は女子の方が男子よりも2年ほど早くおこり,成長停止も早い。
成人以後の身体の変化は成長期に比べると非常にゆっくりと進み,年齢が進むほど個人差が大きくなるうえ,女性の閉経を除けば成長期のような明確な身体的変化がない。青年期,壮年期,実年期,老年期などの区分の境界年齢も,便宜的なものである。
大きさの増大は成長期間を通じて同じ速度で進むわけではない。器官によって,どの時期に急速に成長するかが異なる。前述のようにスキャモンは,各種器官のサイズの年齢変化データに基づき,よく似た成長過程をたどる器官をまとめて一般型,生殖器型,神経型,リンパ型の4種に分類した。身長など骨の長さによって決まる人体寸法は一般型の成長をする。すなわち,出生前後に非常に高かった成長速度が生後1年間に急速に低下し,以後思春期に一時的に急激に伸びる時期があった後,成長が停止する。思春期における一時的な成長速度の急激な増加のことを思春期のスパートと呼ぶ。思春期のスパートの数年後に,身長の成長はほぼ停止する。
生殖器型の成長パターンを示す器官(生殖器および二次性徴器官)は,思春期までの成長速度は遅く,この時期に急速に大きくなる。思春期のスパートが極端に大きいタイプである。これに対して,脳や眼球などは神経型の成長パターンをとる。これらは生後急激に大きくなり,6歳で成人値の90%に達する。以後はあまり変化せず,思春期のスパートはないか,きわめて小さい。リンパ型(胸腺など)の成長をする器官は,思春期より前に最大となり,以後は減少する。幼児と成人の体形の違いは,身体の部分により成長パターンが違うことで説明できる。また,思春期以後,体形の性差が明瞭になる。
思春期のスパートは,視床下部-下垂体-性腺系による性ホルモン分泌の急増によるが,その開始のメカニズムはよくわかっていない。性ホルモンは,スパートの初期にはサイズの増加を促進するように働き,スパートの後期には骨成熟を促進し,成長を止めるように働く。
成長期のある年齢における身体サイズの個人差は,サイズが大きくなる速度とタイミング,および成熟が進む速度とタイミングの違いによる。20世紀におこった急速な高身長化の原因は,発育加速化が同時に進んだために成長に要する期間が短くなったことを考慮すると,主として成長速度の増加にある。これらは遺伝と環境の両方の影響を受ける。成長に使うことができるエネルギーは,食べ物として身体に取り入れた量と,身体維持と運動に使う量の差である。これは,食べ物の量と質および栄養摂取を妨げる病気にかかる頻度と重篤度に大きく左右される。ある年齢における身体サイズは栄養状態を左右する社会環境要因(収入,父親の職業,学歴などで表わされる)により異なることや,高身長化が生活水準の上昇と平行して進んだことから,成長過程は栄養状態に大きく左右されると考えられる。生後の成長量を思春期のスパートによる成長量とそれ以前の成長量に分けると,成人になったときの生活環境による身長差のほとんどが学齢期までの成長量の差で説明できることから,思春期のスパートは遺伝的な支配が強く,それ以前の成長は環境要因の影響が強いと考えられている。
出生時のサイズがほぼ等しい哺乳類を比べると,霊長類の胎生期は長い。すなわち,胎生期の成長速度が遅い。霊長類は生後の成長速度も遅く,繁殖可能な年齢になるまでの時間が長い。ヒトは,骨の長さに明瞭な思春期のスパートがあるという点で,類人猿をふくむ他の霊長類と異なる。ヒトの成長の特徴はコドモ時代(自分で食べ物をみつけることはできるが身体が小さく,集団内のオトナとの競争を避けることができる時代:少年・少女期に相当)が長いことである。大きな脳の成長と維持に要するエネルギーは非常に大きいが,コドモ時代が長いと,単位時間あたりの必要エネルギーを小さくすることができる。思春期のスパートは,短期間で最終的な身体サイズに到達することができる点で重要である。
霊長類の新生児はそれぞれの種の大人と同じような姿勢をとれる程度に身体機能の発育が進んでいる。これに対して,ヒトの新生児は種の特徴である直立姿勢をとり,言語によるコミュニケーションが始まるまで約1年間かかる。このことから,スイスの動物学者ポルトマンA.Portmanは,ヒトの赤ん坊は本来なら胎児としてすごすべきよりも1年早く生まれてくるのが常態になったと考え,これを生理的早産と呼んだ。
執筆者:河内 まき子
植物の細胞は細胞壁で囲まれており,動物細胞のように自由自在に運動することができないので,細胞相互の相対的な位置関係は個体発生を通じてほとんど不変である。したがって,植物の生長パターンは主として細胞分裂と細胞伸長の方向性に規定されるといえる。カビの糸状菌糸やコケ,シダの原糸体にみられるように,先端の細胞が一定の方向に分裂,伸長すれば,植物体は細胞1列からなる軸状体制をとる。二次元的な分裂,伸長が起これば平面的体制が,そして三次元方向に細胞の分裂と伸長が進行すれば立体的な構造が構築される。高等植物の場合,ごく初期の胚ではすべての細胞が分裂能をもつ。しかし,胚内にやがて分化が起こって特定の細胞群(分裂組織)以外は分裂しなくなり,伸長生長のみを行う。分裂細胞は植物体の頂端すなわち茎頂と根端に存在する。そこから新しい細胞が分裂によって作り出され,これらは,通常,縦方向に伸長するため結果として軸状の体制が形成される。葉腋(ようえき)から新しい茎の分裂組織が外生的に分化し,根の内鞘(ないしよう)から側根の分裂組織が分化して生長する際にも,これら二次的に生じた組織は軸状生長を行う。このように,植物では個体発生を通じて,数多くの分裂組織が生まれては次々と軸状生長を繰り返すのであって,この点は動物の場合ときわめて著しい対照をなしている。茎や根が太さを増すのは肥大生長と呼ばれるが,これには頂端の細胞分裂に付随するものと,形成層における細胞分裂によるものとがある。
細胞伸長による生長は細胞壁の性質とその生合成に密接に関係する。一般に,原形質は多量の溶質を含み,回りの水を吸収してその容積を増大しようとする傾向(膨圧)をもつ。それに対して,細胞壁はこの膨圧に抗して細胞自体の容積増大を抑制する機能をもつ。生長中の細胞では膨圧が壁圧より10%程度大きいところで平衡が成立しており,この膨圧と壁圧との差が伸長生長の原動力になると考えられている。合成されてまもない細胞壁はいくぶん引き伸ばされる性質(力学的伸延性)をもつが,リグニン化などによって二次的肥厚が進んだ細胞壁はこの性質を失い,細胞はもはや生長できなくなる。藻類,糸状菌,シダやコケの原糸体,根毛,花粉管などでは先端生長がみられ,この場合,細胞壁の形成は特定の部域でのみ起こる。一方,アベナ子葉鞘の柔細胞やカナダモの茎の細胞では,細胞壁の形成はほぼ全域にわたって均等に起こり,先端生長を行う細胞とは対照的である。このように,植物の細胞伸長のパターンは主として細胞壁形成の部域性に依存している。この部域性がいかに生ずるかは,細胞分裂面がどのような機構で調節されるかという問題とあわせて解決されるべき将来の課題である。植物の生長に関与するものとして,光,温度のほかに,オーキシン,ジベレリン,エチレンなどの物質が知られている。これら生長制御因子の作用機構を探るに際して,細胞壁の生合成および物理化学的性質との関係を知ることがとりわけ重要である。
執筆者:前田 靖男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物学用語で、個体発生中の生物個体において、個体全体の諸元(長さ、幅、重量など)、個体の各部分、あるいは個々の器官などの諸元が不可逆的に増加することをいう。
個体が集団内での諸元の分布の限界を超えて成長したり、身体各部、諸器官のうち特定な部分や器官が他とのバランスを失して成長する場合、異常成長という。一方、正常な成長には生殖諸器官の成熟が伴い、こうして個体は独立した栄養生活を営む成体となる。身体各部、諸器官などの成長は、その部分における細胞数の増加、細胞実質の増加(植物の伸長成長、動物の筋肉細胞内の筋繊維の増加など)および細胞間物質(動物の骨や軟骨組織など)の増加などに依存する。一般に動物の組織では、神経細胞を除いてほとんどの細胞が終生分裂する能力をもつと考えられている。したがって、器官などの成長の限界は、その器官や組織の細胞自身がつくりだす分裂抑制物質に制限されたり(ケイロン仮説)、あるいは個体全体を調節しているホルモン(成長ホルモン、甲状腺(せん)ホルモンなど)により決められていると考えられる。
植物では形成層、頂端あるいは根端の細胞のみが分裂能力をもっている。しかし植物ではこの分裂の制限がないため、多年生の植物では原理的には成長の制限はない。
動物個体の成長は、各部分の成長の総和として現れるので、そのようすは各部分の成長のようすと異なっている。たとえば、ヒトでは脳および神経組織は幼年期に著しく成長し早い時期に限界に達するが、生殖器官などは思春期を過ぎて急速に成長し限界に達する。胸腺は少年期までに限界に達し、それ以後はむしろ退化する。ところがヒト全体の成長については、年齢を横軸にとったグラフ、すなわち成長曲線を描くと、いわゆるS字カーブになることが知られている。このS字カーブは、初めは緩やかに成長し、まもなく急激に、その後ふたたび緩やかに限界に近づくことを示している。これは全体と各部分の間の比率が年齢とともに変わることを示している。したがって幼児型、少年型、成人型というように年齢に特有な体型に分けることができる。このことはヒトだけでなくすべての動物についていえるが、脱皮や変態により成長する動物では、その成長曲線は滑らかなS字を描かず段階的なS字になる。
個体全体の成長の限界は、直接には前述のようにホルモンなどに支配される各部分の成長の限界により決められる。しかし、間接的には遺伝的要因、摂取する栄養の量と質、生理的諸機能、生態学的な環境条件などさまざまな要因が複合して働くことにより決められると考えられている。
[竹内重夫]
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