延安(読み)えんあん

百科事典マイペディアの解説

延安【えんあん】

中国,陝西省北部,延安盆地の中心部にある都市。旧名膚施(ふし)。古来用兵の適地とされ,牧畜,毛織物業が盛ん。1935年の長征以後,中国共産党根拠地となり,国民党の重慶に対抗,抗日戦を切り抜けた。抗日軍政大学,魯迅芸術学院等が置かれた。抗日戦争と中国共産党関連の多くの建物が残り,製鋼,電力などの工場も立地。46万人(2014)。
→関連項目抗日戦争スノー文芸講話

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

延安
えんあん
Yán'ān

中国陝西 (せんせい) 省北部,黄河支流の延水沿岸にある都市
古来軍事上の要地。中国共産党が長征ののち,1935年この付近に進出し,36年末から中華ソヴィエト共和国臨時政府が置かれた。1947年国民党軍に占領されたが,48年奪還し,国共内戦終了まで共産党の根拠地であった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

えんあん【延安】

中国陝西省北部の都市。隋代以降膚施(ふし)を正式名とした。オルドスと渭水(いすい)盆地を結ぶ軍事上の要地で、宋の西夏に対する防衛拠点、および一九三五年以来の中国共産党の抗日・解放運動の本拠地。

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世界大百科事典 第2版の解説

えんあん【延安 Yán ān】

中国,陝西省北部の市。人口32万(1994)。市街は延河の中流部に沿う,黄土高原中の谷底平地にあり,周囲には宝塔山,鳳凰山,清涼山などがとりまいている。春秋時代の白翟(はくてき)の住地であったが,秦代すでに高奴県がおかれ,隋代以降は膚施県と呼ばれた。隋代の延安県は現在の延長県にあたる。隋・唐代の膚施県治は今の延安市の北東にあり,宋代に現在地に移った。隋・唐代には延安郡,延州の治所,宋代には延安府,金・元代には鄜延路,延安路の,明・清代には延安府の行政中心であった。

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