…その基礎となったのは,裁判制度が国家公共の必要によって設けられるものである以上,そこから生じた冤罪という甚大な被害を,一個人に負担させることは衡平でない,という考え方である。日本では,1910年代以降刑事補償制度の立法を求める主張が強まり,1931年に旧刑事補償法が制定されたが,この立法は国の賠償義務というよりも仁政の考え方に基づくものであった。そこに定められた補償は恩恵としての性格が強く,給付の条件は限定されており,補償の請求が拒否されることも多かった。…
※「刑事補償法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」