前取庄(読み)さきとりのしよう

日本歴史地名大系 「前取庄」の解説

前取庄
さきとりのしよう

現在平塚市四之宮しのみやに鎮座する相模国の四宮の前取社(現前鳥神社)を中心にその社領が荘園化したもの。嘉元四年(一三〇六)六月一二日の永嘉門院瑞子内親王使家知申状并御領目録(県史二)には八条女院領のうち蓮華心院領の一つとして「相模国前取庄」の名がみえる。しかし安元二年(一一七六)二月日の八条院領目録(山科家古文書)の蓮華心院領中には現れないので、その後蓮華心院領となったものであろう。八条女院関係文書よりなる高山寺旧蔵聖教裏文書中の文治元年(一一八五)七月日付某注進状には「相模国前取社事 自鎌倉被補任之地頭等、乍申可従領家之由、敢不運所出地利也」とみえ、この時にはすでに八条女院関係者を領家として事実上荘園化していたこと、しかしまだ荘とはよんでいないこと、鎌倉幕府から地頭が任命されていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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