割野村(読み)わりのむら

日本歴史地名大系 「割野村」の解説

割野村
わりのむら

[現在地名]新潟市割野

嘉瀬かせ村の東、小阿賀野こあがの川の右岸沿いに立地し、東は二本木にほんぎ(現中蒲原郡横越村)集落は東から虫見堂むしみどう諏訪すわ中村なかむら善徳ぜんとくと連なり、最も古いとされる善徳は元亀年間(一五七〇―七三)の開発と伝える。寛永一六年(一六三九)の横越島絵図(青木正昭氏蔵)に村名がみえ、沢海藩に属した。寛文四年(一六六四)郷村高辻帳で高六四六石九斗余。享保九年(一七二四)の村明細帳(青木正昭氏蔵)でも同高だが、うち一二石五斗余が堤敷池成で永引、五三石九斗余が砂入りで当毛引。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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