加藤元秀(読み)かとう もとひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤元秀」の解説

加藤元秀 かとう-もとひで

1822-1873 幕末-明治時代医師
文政5年尾張(おわり)(愛知県)の医家に生まれ,名倉道庵らにまなぶ。維新の際には尊攘(そんじょう)派を支援。慶応4年(1868)名古屋藩医となった。明治6年11月18日死去。52歳。名は儁。通称は秀之進。号は誠斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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