加藤恭平(読み)カトウ キョウヘイ

20世紀日本人名事典 「加藤恭平」の解説

加藤 恭平
カトウ キョウヘイ

大正・昭和期の実業家 三菱商事常務;台湾拓殖社長。



生年
明治16(1883)年1月25日

没年
昭和37(1962)年6月13日

出生地
東京

学歴〔年〕
東京帝大法科大学英法科〔明治38年〕卒

経歴
明治38年三菱合資会社に入社。ロンドン留学を経て門司支店庶務主任、香港支店長、大正6年営業部大阪支店長兼神戸支店長。7年三菱商事が設立され、8年同社金属部長、9年機械部新設で同部長兼務、10年常務、13年新設された燃料部長兼任、昭和11年三菱合資理事。同年11月台湾拓殖初代社長となり、太平洋戦争下における日本の対南方経済進出の一翼を担った。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤恭平」の解説

加藤恭平 かとう-きょうへい

1883-1962 大正-昭和時代の実業家。
明治16年1月25日生まれ。三菱合資にはいり,三菱商事の常務取締役をへて昭和10年三菱合資の理事となる。翌年台湾拓殖の初代社長に就任,日本の南方進出の経済的側面をになった。戦後は日本食品化工社長などをつとめた。昭和37年6月13日死去。79歳。神奈川県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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