加藤新田(読み)かとうしんでん

日本歴史地名大系 「加藤新田」の解説

加藤新田
かとうしんでん

[現在地名]市川市加藤新田・幸(さいわい)一丁目・宝(たから)一丁目・塩焼(しおやき)五丁目

本行徳(ほんぎようとく)村の南東部にあり、南は江戸湾に面していた。享保―元文年中(一七一六―四一)頃、江戸横山(よこやま)町の升屋(加藤氏)によって開発された新田といわれる。加藤氏一人持の新田で、小前百姓などはなく、同氏によって塩浜の経営が行われてきたという(下総行徳塩業史)。「葛飾誌略」によると「三千町」と通称されており、この呼称は広大な干潟や萱場が広がっていたために生じたものと思われる。成立以後幕府領で幕末に至る(旧高旧領取調帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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