加賀新村(読み)かがしんむら

日本歴史地名大系 「加賀新村」の解説

加賀新村
かがしんむら

[現在地名]中条町西本(にしほん)町

北は館腰(たてのこし)村・江上(えがみ)村、西は草野(くさの)村・柴橋(しばはし)村、東・南は中条町に接する。村名は長享二年(一四八八)六月加賀国から一向一揆を避けて来住した人々によって開発されたと伝えられることに由来する。元禄郷帳に中条町枝郷として村名がみえる。近世末には幕府領。万治二年(一六五九)の検地では高八三石余・田六町二反五畝余・畑一町二反一畝余(「検地高記録」佐久間昭平氏蔵)。正徳三年(一七一三)の中条組二十一ケ村明細帳(新潟大学蔵)には小物成上納として荏・大豆・入草代銀などがあげられ、用水は胎内(たいない)川堰・宮前(みやまい)川塞を利用する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む